嵐と思い出②~大好きな人たちへ、活動休止発表に寄せて~

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嵐 ARASHI
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アイキャッチ画像➡StockSnapによるPixabayからの画像

①の記事【嵐との思い出①~活動休止発表、その時私は~】の続きです。

こちらの記事では、まさに嵐との思い出、大好きな人たちへの手紙を書きたいと思います。

嵐とは同世代で、メンバーがジャニーズジュニアの頃から知っていた

私は嵐とは同世代(二宮君、松本君と同い年)で、彼らがジャニーズジュニアの頃から知っていました。99年に嵐としてデビューした頃も、母と共にバレーボールのワールドカップを見ていたので知っていました。

そこからはテレビで嵐が出ると、お、出てる!みたいな時期があったりしつつ、完全にファンになったのはデビュー10周年(2009年)の頃でした。(いつのまにか好きになっていたので実はこの辺曖昧(笑))




一度好きになると、どんどん好きになっていった

一度好きになると、どんどん好きになっていきました。デビュー10周年ということでベストアルバムが発売されたのですが、それをきっかけに私は昔の曲もどんどん聴いていきました。そしたら、私が好き!と思う曲ばかりでした。

さらに、いろいろなテレビに出ている嵐を観て、それぞれの個性溢れるキャラクターと、5人の仲の良さ。そして5人で話すわちゃわちゃとしたトークが面白く、あっという間に大ファンになったのです。

嵐のライブ映像を見たら衝撃を受けた

その気持ちは、ライブのDVDを見たことで、さらに強くなりました。全くジャニーズグループのコンサート未経験だった私は、嵐のライブ映像を初めて見たとき、とんでもない衝撃を受けたのです。

これは、コンサートというよりもエンターテインメントだ!と。それ以来、嵐のライブ演出はどんどん新しいことを取り込み、現在も毎年新しいものを見せてくれています。本当にすごいことです。

震災後すぐの冠番組で【果てない空】という曲を歌ってくれた

震災後すぐに放送された嵐の冠番組で、嵐はスーツを着て【果てない空】という曲を歌ってくれました。自分達が今できることはこれだから、と。それを見て、凄いなぁ、と衝撃を受けたのを覚えています。

嵐の支援はこれまでの災害でずっと続いている

嵐の支援は、東日本大震災をはじめとした、各地の災害でずっと続いています。僕たちができることはなんだろう。このことをずっと考えているのです。

凄いなぁ、と思った気持ちは、2015年に宮城で行われたライブでもっと強く思うのでした。

嵐の曲に、嵐の笑顔にたくさん助けられた、支えられた。

ファンになってからずっと曲を聴いてきました。嵐の曲に何度助けられたか、支えられたかわかりません。
辛くなるたびに、パニックになるたびに、曲を聴き、ライブ映像を見ていました。何度も聴いて、見るうちに、パニックや不安も収まってきて、頑張ろう、楽しもうと思えるようになっていたのです。

ただ、嵐はコンサートが当たりにくいというのがありました。そんな時にも、いろいろな曲の歌詞を支えにしていました。いつかきっと参加できる、嵐を見ることができる!と。

私は2013年、初めて嵐のコンサートに行けました。それは偶然にも、国立競技場での最後のライブでした。その時私は思いました。(いつかこの嵐のコンサートを地元宮城で見たい!参加したい!)と。

何年かかってもいい。また嵐の曲を聴きながら、ライブ映像を見ながら待ってるから。そう思っていました。

でも、私の予想よりはるかに早い、2年後の2015年に私の夢は叶うことになったのです。

宮城ライブの夢以外でも、どんな時でも私のそばには嵐の曲が、嵐のライブ映像がありました。



初めて嵐のコンサートを地元宮城で観ることができた

2015年11月23日、この日は私にとって特別な日になりました。初めて嵐のコンサートを地元宮城で観ることが出来たからです。

親子席(小さい子供に配慮して、最初から最後まで着席して観る席)でしたが、スタンド席で結構近くで見ることができました。

この当時、前回嵐が宮城に来たのが2007年だったので、2008年~2015年までの嵐がギュッと詰まったコンサートになりました。

嬉しかったのが、歌番組の中継に参加できたことでした。中継の裏側も経験することが出来ました(笑)

本編最後に歌った果てない空

本編ラストに歌ったのが、震災直後にテレビで歌った『果てない空』でした。ペンライトを全て消し、それどころか全ての照明が消えた真っ暗な中、空を見上げると見事な星空と月が光っていました。
(きっと震災で亡くなった嵐ファンがたくさん観に来ている。見守っていてくれている)そう信じることができるほど、とても綺麗な星空でした。

曲が始まると、5本のスポットライトが歌っている嵐の5人を照らすのではなく、最初にまっすぐ空を照らしました。

その時点で私は感動してしまい、さらにその後大きなモニターに映った5人全員が泣いていたことで、私も涙を流していました。

最後の挨拶も、すごくよかったです。なぜかというと、誰一人『被災地に元気を与えたい!勇気をあげたい!』という言葉を言ったメンバーが居なかったのです。例えば、辛いことがあったけど、楽しんで、笑って、あー、楽しかった!で終わる日があってもいいよね。とか、初めての会場で楽しかった!とか、皆さんには、嵐5人はもちろん、この会場にいる人たちという仲間がいます。とか。それぞれ飾らない言葉でしたが、すごく心に響きました。

特に、最後に挨拶をしてくれた松本君。彼が一番宮城(被災地)に行きたい!という想いが強かったようで、その思いが溢れていました。感極まって泣いてしまい、その涙が私達ファンの涙を誘いました。

私の夢が叶った日。笑顔と涙がたくさんの最高の日になりました。



5人の個性がいかんなく発揮され、かつ全員が個人を尊重しているグループ

私が思う嵐というのは、5人それぞれにしっかりと個性があります。その個性というのは、いわゆる短所も含めた個性です。はたから見ればいかにも短所になりそうなところも、うまく長所として活かしているのです。

例えば、高所恐怖症だったり、臨機応変が苦手だったり。もしくは天然だったり(笑)そういった部分も、ファンは○○らしい、かわいいと受け入れているのです。

だから、テレビを見ていると、ライブを観ていると5人ともとてものびのびとしているのがわかります。どんな面を出しても、ファンはわかってくれる。そんな風に考えているんだと思います。

さらに、それぞれの個性を発揮しつつ、これでもかというくらいに5人がそれぞれの個人を尊重しているグループです。

この尊重しているグループというのを物語るエピソードが二つあります。一つが【嵐は民主主義である。なんでも多数決で決める。】というもの。そして二つ目が、【5人のうち、1人でも嫌だ、やりたくないと言ったことはやらない】というものです。

そうやって、いろいろな部分で尊重しあってきたからこそ、20年やってこれたのだと思います。

嵐を見ていると、自分の短所も自分次第、周り次第で長所に変えることができるんだ、と感じることができるのです。

この5人で嵐。一番そう思っていたのは嵐の5人だった

そんな個性豊かで、それぞれを尊重する嵐。ファン皆が、【嵐はこの5人で嵐だ!】という想いが強かったのですが、一番その想いが強かったのは他ならぬメンバー自身だったのです。

嵐の5人が全員、嵐のことが一番大好きだということ。その大好きな嵐を守るための休止だ、とメンバーは話していました。

今回の活動休止で、一番の核になったのが、【嵐はこの5人で嵐だ】という想いだったのでしょう。私はメンバーのコメントと、休止会見を見てそう感じました。



まとめ~これから約2年、応援し続ける。そして待ち続ける~

これから2020年末までの約2年。私は嵐を応援し続けます。もちろん笑顔で。嵐ははっきりと言いました。『これからの2年間はファンの皆さんに感謝を伝える時間にしたい』と。

そして、その言葉通り、会見後の嵐は笑顔でテレビに出演しています。さらに、50公演というたくさんの回数行われるドームツアーが行われています。嵐が笑顔で過ごすのなら、私も笑顔で応援していく。そう決めたのです。

ただ、一度だけ決めたことを破るかもしれません。それは、4月から再開する嵐のデビュー20周年記念ツアーの最終日です。その日はクリスマスの12月25日。なんと、私はこの大事な日のコンサートに参加できることになったのです!!

息子と二人で参加します。当選してとっても嬉しいです!

ただ、先ほど決めたことを破ってしまうと書きましたが、なぜかというと、今の時点でこのツアーの後コンサートやツアーをやるかどうかは全くの未定です。(これから発表される可能性がありますが)何よりも、次にツアーやコンサートをやるとしても、参加できるかどうかはわかりません。

だから、今回のコンサートはしっかり楽しんできます。悲しくて泣いてしまうかもしれないけれど、泣きながらでも、笑って嵐との時間を過ごします。

そして、2020年が終わって、2021年からは、5人の嵐をずっと待ち続けます。何年かかっても。いつか、5人が嵐として戻ってきたら、お帰り!と笑顔で伝えるのが、今の私の夢です。

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