祝!GLAYデビュー24周年!大好きなGLAYとhideさんについて語る!~大好きな理由、これまでの歴史、解散しないというファンとの約束~

スポンサーリンク
GLAY
スポンサーリンク

※こちらの記事は、2018年6月2日にメインブログでアップしたものをリライトした記事です。

2018年5月25日で、GLAYはデビュー24周年になりました。今回は大好きなGLAYとhideさんについて語ります!

GLAYは1994年5月25日にデビュー

GLAYは、1994年5月25日にデビューしました。デビュー曲は『RAIN』。X JAPANのYOSHIKIさんプロデュースでした。YOSHIKIさんのピアノが美しいバラードです。

GLAYがデビューしたきっかけ

デビューのきっかけは、GLAYのライブハウスでのライブにYOSHIKIさんが見に来たことなのですが、その前に、GLAYのデモテープをhideさんがYOSHIKIさんに紹介した、渡した、といわれています。

そのために、GLAYはYOSHIKIさんのことはもちろん、hideさんのことも先輩としてとても尊敬しています。今でも。



 hideさんが亡くなってからのGLAY

hideさんが98年に亡くなってから、GLAYはhideさん関係のイベントにいくつか出演しました。追悼ライブでTERUさんがTell Meを歌ったり、HISASHIさんがギタリストとして出たり。

トリビュートアルバムにも参加

トリビュート・アルバムにも参加しています。亡くなってすぐ制作されたアルバムにはGLAY名義で全員で参加。20年経って制作された2018年発売のアルバムにも。今回のアルバムには、HISASHIさんが参加しています。

自分達のライブでもカバーしたMISERYの演奏を続ける

そして、自分達のライブでも、MISERYを演奏し続け、hideさんのトレードマークであるイエローハートギターを借り、ROCKET DIVEを歌ったりもしています。

私の知らないところで、きっともっともっとhideさんとの付き合いや繋がり、個人の想いがあるんだと思います。 紆余曲折あっての現在のGLAYになったのです。




いろいろなことがあったGLAY

デビュー当時はファンではありませんでしたが、デビューから3~4年後くらいに大好きになった私。

それから約20年、ずっとGLAYを見てきました。辛かったことも、悲しかったことも、大変だったこともたくさんあったのを知っています。ファンには見せないけれど、本当はもっともっと辛くて大変だったと思います。

解散危機や独立もあった

24年間の間に、解散危機もありました。独立した時も、辛そうだなぁと思っていたけど、ただのファンである私は何も出来ず。ただ、GLAYの音楽を聴いて、応援するしかできませんでした。他に私ができたことといえば、GLAYの決断をしっかり受け止め、そのまま応援を続けることでした。

GLAYは私が一番辛くて大変だった頃、一番の支えになってくれました。今度は私が、ファンが支えになる番だ、と。

GLAYはどんな時でもファンを大事にしてくれた

それでも、どんな時でもファンを大切にしてくれました。ファンのおかげと言ってくれました。何度もありがとうと伝えてくれました。こちらこそありがとうと伝えたいのに。それは今でも変わりません。

今、GLAYはとても楽しそうに活動している

紆余曲折があり、今。GLAYは、ほとんどテレビには出ていませんが、自分達のペースで活動しています。レコーディングをして、ライブをして。ファンは色々な発表を楽しみに生きているのです。

何よりも、GLAYはメンバー全員が、『僕たちは解散しません!』とはっきり言い切ってくれています。

まとめ

2018年の夏は、彼らの地元函館で野外ライブが行われます。そこでもきっと、GLAYはMISERYを演奏すると思います。そして、来年はいよいよ25周年。

野外ライブでMISERYを演奏する前にTERUさんが必ず言う言葉があります。
『空にはたくさんの人達がいますが、僕らの尊敬している先輩もいます。ここで、その先輩の曲を聴いてほしいと思います。』

そうです、きっと、いや、絶対にhideさんは空からニコニコと見ています。XJAPANのことも、GLAYのことも、他のバンドのことも、もちろんファンの事も。

コメント

タイトルとURLをコピーしました